2011年2月12日土曜日

♪よいとよいやまか どっこいさのせぇ♪

豪州温度????
 江州音頭って書きたかったのに
誰が オーストラリアの温度を測るんじゃぁ

昔 学校の体育祭で 踊らされたんですが
♪えんやこらせぇ どっこいせ♪だったかな?
 ワスレタ・・・・・・・
確か 途中に入れる囃し言葉が
 こんなのだったような記憶があるのですが

以前は八日市市 
  今では 東近江市八日市
散歩してきました

そこで こんな石碑を見かけたんです



















石碑の横の説明板に
 
江州音頭
   古来 八日市市は市場町として発達し
  歴史的な伝統と豊かな民族文化を形成してきた。
  江州音頭も幾多の伝承されてきた民芸のなかの一つである。
   江州音頭は江戸時代末期 八日市市場に
  出入りしていた祭文語り櫻川雛山に歌祭文の
  教えを受けた板前修業の西沢寅吉が、
  当時盛んであった歌念仏、踊り口説、念仏踊りを
  歌祭文に取り入れ大成したのが始まりである。
  これが当初、江州八日市祭文音頭といわれたものである。
  そして寅吉は教えを受けた櫻川雛山師匠の
  芸名を用い、櫻川大龍と名乗り名をなしたのである。
  初代大龍に次いで、真鍮鋳物細工を家業としていた
  奥村九左衛門(初代 真鍮家好文)も
  八日市祭文音頭の家元として一派をなし
  そしてこの櫻川、真鍮家の二家元により
  江州八日市祭文音頭は、全国に「江州音頭」として
  なじまれるまでに発展してきたのである。
  市内金屋町金念寺境内には門弟の建立になる
  初代櫻川大龍と真鍮家好文の慰霊碑がある。
  江州音頭には座敷音頭と屋台音頭(盆踊り歌)とがあり
  明治二十年より三十六年頃まで大阪千日前の
  一席亭にかけられたのである。この江州音頭が
  爆発的な人気を呼び 当時、河内音頭を歌っていた
  玉子家鳥丸、砂川千丸らも江州音頭を糧とした。
  江州音頭は一曲に小一時間も要し三曲も演ずれば
  三時間もかかり、縁者も客席も飽きるところから
  曲の切れ目に関西万歳を幕間つなぎに取り入れた人こそ
  玉子家鳥丸、後の漫才の元祖玉子家円辰である。
  現在、江州音頭保存会も結成され、毎年行われる
  開市の始祖聖徳太子を崇める聖徳まつりの中で、
  江州音頭の市民総踊りは人気の中心である。
  この八日市市に有志により「江州音頭発祥の地」の
  記念碑も建立され、先人の努力を顕彰するとともに、
  更にその普及と保存振興が はかられている。
    

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