震災後すぐ家探しをしたので 家はすぐ見つかりました
尼崎市内です
本格的に引っ越すには 道が混んでいて 車が通れないので
少しずつ運んでいきました
私もリュックに荷物を詰め 近くの駅は 電車が通ってないので
神戸市の隣 芦屋市まで 1時間ほど歩きました
沢山の人たちが 列を成し 歩いていきます
普段なら 人数が多いと そこかしこで話し声なんかが聞こえるものですが
このときは 黙々と 歩き続けました
歩いている最中 場所によっては いろんな音がします
ガラスが割れたような音 何かを踏み潰した音 なんだかわからない音
家が倒れて道路にはみ出している所は 車道を歩きます
車も 人も 同じ所を・・・・・
黙々と 唯ひたすら 前に進んでいきます
何のときだったかなぁ
夜 バスに乗りました
そう 雨降りの夜でした
人いきれと雨で 湿度の高くなった車内
声を立てる人はいません
しーんとした車内で 思い出したように ポツリと話し声が・・
それもすぐに絶えてしまいます
長男が 友達の家のトラックを借りてきてくれました
そのお友達も 引越しのお手伝いをしてくれました
長男とお友達二人
このときばかりは 子供が男の子でよかったとしみじみ思いました
しかも 良いお友達に恵まれている事も
荷物は 8階から1階まで 運ぶんです
大きな冷蔵庫もタンスも何もかも運んでくれました
しかも 夜遅く
昼間は道が混んでいるので 夜中に走るんです
そのとき警官が
空き巣狙いと間違われかけたようでした
そのときは そうでもなかったんですが
後になって はらの立つこと
しかも 呼んだのが すぐ横にある壊れなかったマンションの住人
立場を変えると当たり前かもしれませんが
引っ越したくないのに引っ越さなければならない身には
荷物を全て積んだ後 息子たちは 山越えルートで走っていくんです
神戸はすぐ後ろが山ですから
もちろんかなりの遠回りです
引越し先には 前日のうちにご近所周りをして
事情を話し 夜中騒がせる事を 挨拶して回りました
震災後1月ほどしてから 出勤するようになったんですが
頭が変になるというか 精神的におかしくなると言うか
どう言えば良いんでしょうか
今まで住んでいた所は 家はつぶれ マンションも壊れ
それが当たり前の世界
ところが
電車に10分も乗ると 普通の世界
駅前のパチンコやで 昼間から パチンコしている人が・・・・
10分乗ると 壊滅状態の町
普通の世界と 壊滅状態の町を 往復していると
どちらが本当の世界で どちらかが虚構の世界のような
引っ越してから どれくらい経った時でしょう
そう 2週間くらい後だと思いますが
住み慣れた街中を 歩いていると
いろいろの事が 走馬灯のように頭の中をよぎります
あれも出来なかった
こうしてあげればよかった
あの時には・・・・・・・
自分の無力さ 私と言う存在の小ささ
歩きながら ふと気づくと 涙が
人気のない町の中を 一人で泣きながら歩いていました
私の中で 何かが 燃え尽きました
被害の無かった私でさえ いまだに震災を引きずっています
ご家族を亡くした方 被害を受けた方
はや十三年 まだ十三年
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